製造業のSAPユーザーが取り組むべき管理会計目的の原価計算とは?(vol.112)

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昨今、「原材料調達価格の上昇」 「燃料費の上昇」 「急激な為替変動」 といった、外部環境の変化が連日のように報道されています。しかし皆さまは、これらの急激な外部環境変化が、自社製品の製造原価に与える影響を、どれほど正確に把握できているでしょうか?

SAP ERPは標準原価をベースとしており、財務会計目的としては適しておりますが、管理会計目的(コストダウン、販売価格・収益性の評価、経営の意思決定 等)での利用には限界があります。

そこで本ブログでは、SAPユーザーは利益創出のための原価分析にどう取り組むべきかを解説します。
*本ブログの「SAP ERP」は、「SAP ECC6.0」および「SAP S/4HANA」を指します。

SAPユーザーの原価計算の高度化レベル

まず、原価計算の目的について確認していきましょう。
皆さまご存じの通り、原価計算の目的には、財務会計目的と管理会計目的の2つがあります。
財務会計目的は、社外の利害関係者に対して財務状況を報告するための「社外向けの原価計算」となります。正確で信頼性のある情報提供が求められます。
一方、管理会計目的は、社内の管理者/経営者向けに、各種意思決定の判断材料となる情報を提供するための「社内向けの原価計算」となります。「製造原価のコストダウン」、「販売価格・収益性の評価」、「原価の予実管理」、「経営の意思決定」などの用途で利用され、分析やシミュレーション、計算単位のメッシュの細かさなどが求められます。

財務会計目的の原価計算の満足度は総じて高いのに対し、管理会計目的の原価計算は達成レベルにばらつきがあり、どちらかというと低いレベルに留まっているSAPユーザー企業は少なくありません。
下図は、管理会計目的の原価計算の高度化レベル表したものです。

SAPユーザー企業は、上図のレベル1またはレベル2のユーザーが最も多いと弊社では捉えており、指図別製品原価や品目元帳は利用しているが、使いこなしていないと言われるユーザーが多いのが実態です。

企業の利益を持続的に創出していくためには、管理会計目的の原価計算の充実/高度化は不可欠ですが、弊社の体感ではSAPユーザーの管理会計目的の原価計算の達成レベルは総じて低い傾向にあります。その背景を次章で紐解いていきます。

自社の現状の品目別実際原価の実現度について、1分程で簡易診断

SAP ERPの原価計算の特徴と限界

最初に、SAP ERPでの原価計算の特徴・強みを解説します。
SAP ERPは、サプライチェーン系のモジュールと会計系のモジュールが、密接に結合されたパッケージです。製品の出荷や原材料の入荷、半製品や製品の製造完了のタイミングで、リアルタイムに会計伝票が生成されます。購買入荷を行ったのに会計伝票が計上されないことや、逆に1件の購買入荷に対して重複して会計伝票が計上されることはありません。
SCM系の処理に対して、“漏れなく重複なく”会計伝票の自動生成が行われ、財務会計の要件でもある、正確で信頼性のある情報提供を仕組みとして担保しています。そのため、SAP ERPは、財務会計目的での原価計算には適したパッケージと言えます。

次に、SAP ERPでの原価計算の限界について解説します。

指図別製品原価の限界

まず、SAP ERPの標準機能を用いた原価計算方法である指図別製品原価より解説します。
SAP ERPの指図別製品原価は、単価・賃率は標準(実際賃率で再評価することも可能)、消費量・作業時間は実績を用いて製造指図別に原価を集計する機能です。指図別製品原価では品目単位の原価の集計はできません。
ほとんどの製造業では、原材料から製品が完成するまでに複数の工程を経て製造されていますが、指図別製品原価においては、原材料から製品までの実際原価の積み上げ計算(工程間の転がし計算)できません。
前工程の原価は常に標準単価で評価するため、原材料価格の高騰や前工程の製造ロスは、製品レベルの製造原価には反映されません。
購買・製造の原価の実態を、製品レベルの原価で評価したいときに、限界が生じます。

品目元帳の限界

次にSAP ERPの品目元帳という機能を用いた原価計算方法について解説します。
品目元帳は、標準原価と指図別製品原価を前提とした機能で、購入価格差異や賃率差異等を製造実績データに基づいて下位品目から上位品目へ積み上げ計算を行い、品目別の実際原価を算出する機能です。
品目別実際原価は、購買/製造実績データからダイレクトに実際原価を計算する方式ではなく、品目別標準原価に原価差異を加減算することで算出されます。
品目元帳の制限・限界としては、以下があげられます。

  • 標準レポートがほとんどない
  • 自分たちで分析系のBIレポートを作ろうとしても、標準原価±原価差異で計算されているため、計算結果の分析が難しい
  • 多品種少量生産の時代に、標準原価を精度よく設定することは困難であり、標準原価の精度が悪いと原価差異が増え、品目別の実際原価の精度も疑わしくなる
  • SAP ERP側で予め定義されている計算ロジックでの計算しかできない
  • 計算粒度の調整(例えば、今年度より原価要素を細分化したいといったニーズ)が発生しても、過去からの整合性を考えると容易にできない
  • 各種シミュレーションは基本的に困難で、原材料価格や燃料価格高騰の製品への影響額のシミュレーションなどはできない
  • FI(財務会計)モジュールに直結しているため、常に財務会計を意識した管理会計の設定が必要である
  • 一度でも品目元帳を有効化すると無効化が困難なため、品目元帳の導入自体を躊躇してしまう

前章で、「SAPユーザーの管理会計目的の原価計算の達成レベルは総じて低い傾向にある」と述べましたが、SAP ERPには管理会計目的の原価計算を行うために必要となる細かな粒度の設定や分析、シミュレーション機能などを有していないことが背景にあると言えます。

次章では、SAP ERPで管理会計目的での原価計算の高度化を図るために、必要なことを解説していきたいと考えます。

管理会計目的での原価計算の高度化を図るために

経営コンサルタントのピーター・ドラッカー氏も「測定できないものは管理できない」と述べている通り、管理会計目的での原価計算を効果的に行うには、原価の実態を把握することが何よりも重要です。ここでいう原価の実態の把握とは、単に実際原価を捉えられれば良いということを言っているのではありません。実際原価を捉える粒度が重要になってきます。
原価の実態を捉える粒度は、原価の悪化・良化要因を特定可能なレベルが求められます。
具体的には、どの品目のどの工程で、どのような原価要素(材料費、労務費、外注費等)がどのような原価の変動要因(例えばロットサイズや歩留、不良)で変化しているかを捉えることです。そこまで見えれば、問題が発生した場合の原因の特定は容易になります。

では、ここで粒度に関する検討すべき3つの要素について解説します。

  • 原価要素
    原価要素とは、材料費/労務費/減価償却費/製造経費といった、原価を構成する要素のことです。管理会計目的での原価の高度化を検討する際、SAP ERPで設定している原価要素と全く同じ粒度で良いのか、より細分化が必要なのかは検討すべき項目となります。
    弊社事例においては、検討の結果、SAP ERPの原価要素数よりも細かく設定されるケースが多く、具体的には30以上の原価要素数の設定ケースが標準的で、最も多いお客様で150種類程度に分けられた事例もございます。理由は、原価要素を細分化しないと、原価の悪化/良化要因の特定が困難であったためです。
  • 原価計算の単位
    原価計算の単位とは、品目別に原価を計算するか、品目/ロット別に計算するか、品目/製番別に計算するかという観点です。一般的に、標準品/共通品は品目別に、個別受注品は品目/製番別に計算されます。標準品/共通品の場合でも、同一品目でも製造ロットにより原価のばらつきが大きい場合は、ロット別の原価把握がコスト低減に有効です。
  • 原価の変動要因
    一口で製造業と言っても、製造する製品の工程/設備などの特徴によって原価の変動要因は異なるため、「原材料ロスが多い工程では、原材料ロスの要因をどこまで細かく捉えるか?」、「不良発生の多い工程では、不良発生の要因をどこまで細かく捉えるか?」という観点での粒度の検討も必要です。

ここまで、実際原価を捉える粒度について解説してきましたが、管理会計目的での原価計算の高度化を図るための重要な論点として次の4つがあります。

  1. 判断を見誤らないようにするための計算ロジックの検討
  2. 原価の実態の良し悪しを評価する物差しの検討
  3. 問題に気づく、または原因を特定するための分析方法の検討
  4. 未来予測や問題解決に役立てるシミュレーション方法の検

 

  1. 判断を見誤らないようにするための計算ロジックの検討
    経営者/管理者が判断を見誤らないようにするための計算ロジックの検討も、管理会計目的の原価計算の高度化を目指していく中で必要になります。
    弊社がご支援させて頂いた事例の中より、具体例を下記します。

    • 製造間接部門の費用は、従来は、社内製造品のみに配賦を行い外注加工品には配賦を行っていなかったため、外注加工品が相対的に安くなり、内外作判断で外注比率が増加する傾向にあった。外注加工品にも製造間接費の配賦を行うことで、内外作判断をより適切に行えるよう見直す。
    • 金型の減価償却費(かなり高額)に関して、従来は当該金型を使用する工程の製造品目全般に配賦を行っていたため、品目ごとの実際原価を正しく把握できず、各種判断を見誤ることがあった。計算ロジックを「当該金型を使用する品目」のみに直課するよう変更することで、品目別の実際原価を正しく計算できるようし見直す。
    • 従来は小ロットで製造しても大ロットで製造しても単位数量当たり原価は同一だったために、営業部門の判断で受注が容易な小ロット受注に偏り、製造部門の負担が増える一方だった。加工時間のみならず、段取時間も加味して原価計算を行うことで、大ロットで製造した場合は安く、小ロットで製造した場合は高く実際原価が計算され、その結果を営業部門と共有することで利益改善につなげる。

      SAPユーザーの大部分は財務会計目的に比重をおいた原価計算設定を行っているため、管理会計目的の原価計算を検討する際、計算ロジックの見直しが必要となるケースが圧倒的に多いです。

  2. 原価の実態の良し悪しを評価する物差しの検討
    原価の実態を捉えることができても、それだけでは十分ではありません。理由は、実際原価の計算結果を見るだけでは、一般的に、その原価の良し悪しを判断することが難しいためです。
    そのため、実際原価の良し悪しを判断する物差しの設定が必要となります。物差しとして推奨されるのは、「目標とするに値するもの」がよく、標準原価/予算原価/目標原価などが候補になり得ます。
    ただし、標準原価を物差しに設定する場合は注意が必要です。標準原価には、①目標に近い理想的標準原価 と ②実際原価に近い現実的標準原価 の2種類があります。物差しとして好ましいのは、目標とするに値する①理想的標準原価の方です。
    SAPユーザーの大部分は標準原価を設定していますが、原価差異が大きくならないように②現実的標準原価を採用しているケースが多いため、物差しとしては適切とは言い切れません。
  3. 問題に気づく、または原因を特定するための分析方法の検討
    原価データの分析は、BIレポートを利用して行われることが一般的ですが、「数ある原価データの中から、どうすれば問題あるデータに気づけるか」や「原価が悪化した場合、その原因を如何に特定できるか」という観点での検討が必要となります。
    例えば、分析に同じ時間をかけて1つの気づきを得られるよりも、2つ3つの気づきを得られるレポートの方が優秀です。また、金額インパクトがより大きな問題に気付くことができ、より早く問題に気づけることも分析では必要となります。
    代表的な分析レポートを、下図に4つ紹介いたします。
  4. 未来予測や問題解決に役立てるシミュレーション方法の検討3.の分析方法の検討は、実績データを使った分析、すなわち過去を振り返っての分析となりますが、シミュレーションは未来志向の話になります。具体的なシミュレーション内容としては、以下に示すものがあります。
    • 原材料価格を変更してのシミュレーション
    • 作業時間や原材料消費量を変えてのシミュレーション
    • 労務費や設備等の減価償却費、製造経費等の配賦元金額を変えてのシミュレーション
    • 配賦設定(配賦基準や配賦率等)を変えてのシミュレーション
    • 為替レートの変動シミュレーション
    • 製造する設備やラインを変更してのシミュレーション
    • 不良や歩留率を変えてのシミュレーション
    • 内作/外作を変更してのシミュレーション
    • 年度予算や着地予想のシミュレーション

原価の変動を予測し、対応策を考え、各種判断を行うためのシミュレーションも、管理会計目的での原価把握に必要な機能となります。

まとめ

ここまで、管理会計目的での原価計算の高度化を図るために必要な観点を説明してまいりましたが、はたしてSAP ERPの指図別製品原価や品目元帳で実現することは可能でしょうか。

皆様の会社での目指されるレベルにより実現性は変わってまいりますが、先述した通り、SAP ERPは管理会計目的の原価計算にとって必要な機能が不足しており、それ単体では限界があるパッケージ製品です。

電通総研は、管理会計目的の品目別実際原価が可能な国内初のSAP専用の原価パッケージ:ADISIGHT-ACSをご提供しております。
以下のページに、製品概要や特徴の説明、製品コンセプトを1分で解説したアニメーション動画を掲載しております。ご興味がございましたら、是非、ご覧ください。
https://erp.dentsusoken.com/solution/adisight-acs/

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