SAPの製造原価管理機能でできることとは?(vol.77)

  • 公開日:2022.07.18

製造業にとって、製造原価を管理/分析する機能は、経営戦略を立てる上で必須と言えます。
では、製造業のSAPユーザは、どのように製造原価を管理/分析できるのでしょうか?
実は、SAP ERPには、製造原価を管理するための機能が複数存在します。

そこで本ブログ記事では、SAP ERPの主な製造原価管理機能について、その利用目的/用途/特徴的な機能や、SAP ERPの製造原価管理機能の限界・課題と対応策について解説します。

*本ブログの「SAP ERP」は、「SAP ERP」および「SAP S/4HANA」を指します。

SAPの製造原価管理機能にはどんなものがある?

まず、本ブログ記事で述べる製造原価管理機能を使用するには、次のモジュールを使用していることが前提となります。

  • FI:財務会計
  • CO:管理会計
  • SD:販売管理
  • MM:購買/在庫管理
  • PP:生産管理

このうち、製造原価管理機能は「CO:管理会計」モジュールに含まれるわけですが、多くのマスタとほぼ全てのデータは、その他のモジュールから発生し、最終的には「FI:財務会計」モジュールへと受け渡されます。

 

SAP ERPのSD/MM/PPのトランザクションによって入出庫伝票が登録され、同時に在庫勘定が品目マスタに定義される標準原価で評価されます。(SAP ERPにおける品目の評価方法は、標準原価と移動平均原価が選択できますが、ここでは標準原価での評価を前提とします)

本ブログ記事では、製造原価管理機能として次の3つの機能を解説します。
一つ目の機能は、「標準原価をつくる機能」である“①製品原価計画”です。
二つ目の機能は、標準原価をベースに、PPの製造実績およびMMの購買/入出庫実績を使い、PPの製造指図に発生原価を収集する=「製造指図別原価を知る」機能である“②指図別製品原価”です。
三つ目の機能は、②指図別製品原価の結果を使い、「品目別に実際原価を積上計算する」機能である“③品目元帳/実際原価計算”です。

それでは次章より、それぞれの機能について具体的に解説していきます。

SAP製造原価管理機能① 製品原価計画 ~標準原価をつくる~

製造活動によって日常的に発生するトランザクションの実績は、品目ごとの標準原価ベースに会計転記されます。この「品目ごとの標準原価」を積上計算によって生成するのが①製品原価計画の「1. 品目原価見積」です。その他、製品原価計画には、「2. 受注BOM原価見積」や「3. 見込製番別原価見積」といった機能があります。

  1. 品目原価見積
    品目原価見積は、いわゆる標準原価の積上計算機能で、「品目」、「BOM」、「作業手順」、「購買情報(※購買品、外注品)」といったマスタを参照します。
    BOMを参照して下位品目から原価を積み上げる際、購買品なら品目マスタあるいは購買情報マスタの購入価格、半製品/製品などの製造品であれば作業手順を参照して製造に必要な原価を収集しながら購入品/半製品/製品など全ての品目の原価を算出します。
    算出した原価見積は、マーク・リリースという処理を実施することによって品目マスタの「標準原価」に設定され、標準原価として使用することが可能になります。
    なお、マーク・リリースは必須ではありませんので、参照用として原価見積を保持しておくのみに留めておくことも可能です。原価見積は、日付のほかに原価計算バリアント/バージョンなど複数のキー項目を持つので、シミュレーション用として使用することもできます。
    ※ 次の「2. 受注BOM原価見積」や「3. 見込製番別原価見積」は、標準原価ではありませんが、それぞれ受注/明細、WBS要素に紐づく在庫の評価額を決定します。
  2. 受注BOM原価見積
    受注BOM原価見積は、品目原価見積と機能はほぼ同じですが、積上げた原価見積が最上位品目の受注/明細番号と紐づくという点で異なります。この原価見積は、同じ品目の「1. 品目原価見積」とは別に管理され、品目マスタの標準原価に設定されることはありません。受注/明細ごとに品目の仕様が異なる場合などは、この受注/明細に紐づけたBOM/作業手順を使用することで個別仕様を反映させることが可能です。
    ※ SAP上は「原価対象管理 >受注別製品原価」に含まれますが、原価見積という観点でこちらに分類)
  3. 見込製番別原価見積
    見込製番別原価見積は、「2. 受注BOM原価見積」と同様、標準原価の原価見積とは別に、WBS要素ごとの原価見積を作成する機能です。WBS要素に紐づけたBOM/作業手順を使用することで個別仕様を反映させることができます。

「2. 受注BOM原価見積」や「3. 見込製番別原価見積」は、それぞれ受注/明細、WBS要素紐づきの製造指図で製造され入庫した時点で、受注/明細、WBS要素紐づき在庫の評価単価として使用されます。

標準原価の限界と品目別実際原価の必要性とは?
~ SAPユーザが品目別実際原価を実現する方法を徹底解説! ~

SAP指図別製品原価② ~製造指図別原価を知る~

PPモジュールで日々発生する製造指図への実績値には、次のようなものがあります。

  • 子品目の消費量
  • 機械の稼働時間や作業員の作業時間など
  • 外注品の購買量

指図別製品原価は、これらの数量や時間と、予めマスタ設定した標準原価や標準賃率を使用して、材料費/機械費/労務費などを都度算出し、製造指図に収集する機能です。
外注品についても同様であり、実績価格は製造原価の一部となります。
このように、発生の都度製造指図に蓄積された原価は、期末(月末)時点で製造完了していれば、「決済」処理によって標準原価との原価差異が財務会計上に転記されます。原価差異は、指図別製品原価においては材料費(子品目)、機械/労務費(稼働/作業時間)ともに標準単価で評価されるため、発生源となるのは数量差異になります。
※外注費は実際価格で、機械費や労務費は(実際原価計算を行わない場合は)指図別製品原価に対して実際賃率で再評価することも可能です。
なお、未完了製造指図の原価は「決済」処理によって、期末に仕掛品として転記されます。

品目元帳/実際原価計算③ ~品目別に実際原価を積上計算する~

ここまで見てきた①製品原価計画や②指図別製品原価は、MMやPPなどのモジュールを導入していれば付随的に使用可能になる機能であり、既に導入している企業数もそれなりに存在します。一方で、品目元帳/実際原価計算は製品原価管理のオプション機能であり、品目別の実際原価に直結する独自の機能です。

「品目元帳/実際原価計算」と一言で表記されますが、正確には「品目元帳機能を使用した実際原価計算機能」であり、2つの別個の機能を含んでいます。(一般的には「品目元帳」のみで表記される場合もあります。)

品目元帳とは、実際原価計算を可能にするためのトランザクションデータ収集ツールであると認識していただければよいかと思います。また、品目元帳を有効にすることで、品目の原価を複数の通貨で評価することが可能になります。これによって、現在の評価額を、例えば、ただ円からドルに換算するのではなく、常にそれぞれ円とドルで並行して算出して保持することができます。

一方、実際原価計算は、品目元帳で収集したデータを使用して実際原価計算を行います
主な特徴は次のとおりです。

  • 前提として、標準原価と指図別製品原価を使用
  • 品目単位に実際原価を算出(指図別製品原価では品目単位の集計は不可)
  • 実績の購入/製造実績データに基づいて下位品目から積上計算
  • 総平均で評価
  • 購入価格差異や賃率差異を反映
  • 原価差異を売上原価/消費と期末在庫に自動配分
  • 品目単位に算出された原価差異は、期末に財務会計に転記(同時に翌月初の日付で戻す)

MM/PPモジュールを導入している企業にとっては、インターフェースなど不要でMM/PPのマスタを共有でき、追加で必要なカスタマイズもそれほど多くないため、別途で原価計算ツールを使用することを考えると比較的少ないコストで導入できる機能と言えるでしょう。
ただし、同時に財務会計に直結されていることや、予め定義されている計算ロジックの変更や調整が困難なため、導入するかは慎重に検討する必要があります

SAP製造原価管理機能の限界・課題と対応策

ここまで、SAP ERPの製造原価管理機能について解説してきました。
SAP ERPのSD/MM/PPモジュールで入力したトランザクションデータに紐づく会計仕訳が漏れなくダブリなくFI(財務会計)モジュールに連携される点は、「真実性の原則」や「正規の簿記の原則」等の企業会計原則を担保でき、財務会計目的での利用には適した機能だと言えます。
一方、管理会計目的(コストダウン、販売価格・収益性の評価、経営の意思決定 等)での利用には限界があります
そこで、SAP ERPの製造原価管理機能の限界と課題について、3つの観点から解説します。

一つ目は、財務会計とは異なる計算ロジック(管理会計の目的)では計算できない点です。
例えば、SAP ERPユーザのよくある要望として、
・ 「管理会計は財務会計よりも細かなメッシュで計算したい」
・ 「品目別実際原価の計算精度を高めるために、製造費用は配賦ではなく特定品目に紐づく製造費用は配賦ではなく直課に変更したい」
・ 「製造ロットの大きさを計算時に加味したい」
といった点が挙げられます。
こういった要望を叶える際、FI(財務会計)モジュールに直結されているため、予め定義されている計算ロジックの変更や調整が困難であることが課題となります。

二つ目は、管理会計目的では必須となるシミュレーション機能を有しない点です。
例えば、品目別実際原価を計算した後で、「もしも原材料価格が10%上昇すると、各製品の製造原価にどのような影響を及ぼすか」といったシミュレーションを手軽に行えません。
その他、為替変動のシミュレーション、コストダウン施策実施後の実際原価のシミュレーション、設備投資の各品目原価へ与えるインパクトのシミュレーション、品目を製造する工場を変更した場合の影響度のシミュレーション 等、様々なケースに対応できないことが課題となります。

三つ目は、SAP ERPで算出した実際原価は、原価分析を行い難い点です。
品目元帳は、標準原価に原価差異を加減算することで品目別実際原価を算出している(ダイレクトに実際原価を算出できていない)ため、原価分析時の原価の紐解きを難しくしています。
また、品目別実際原価の良し悪しを評価するためには、何らかの「物差し」が必要となります。その「物差し」として利用できる標準原価が、財務会計目的を意識するあまり、すなわち発生する原価差異を極力抑えるために、現実的標準原価(例えば翌年度の見込平均値)で設定してしまい、比較対象として役立てていないのが現実かと思います。このように、原価分析を効果的に行うために目標とするに値する適切な「物差し」を設定できないことが課題となります。

これらの課題を解決する手段として、次の2つが挙げられます。

  1. SAP ERP側でアドオンを作りこみ対応
    アドオンは、自社が主体的に要件をまとめて進めていけるため、自社要求に合致したシステムを構築できる利点があります。品目元帳や指図別製品原価で不足している機能のみに絞った対応をする場合は、アドオンが最もリーズナブルな開発手段となり得ます。
    一方、要件が多くアドオンが大規模になる場合は、品質リスクやコスト/自社リソースの負担増、システムがブラックボックス化してしまう恐れなどが存在するため、アドオンで進めるべきか否かは一考が必要となります。
  2. SAP ERP外部で専用の原価計算パッケージ製品(サードパーティーソリューション)を使用して対応
    専用の原価計算パッケージ製品の中には生産管理機能や会計機能と組み合わせて導入が必要なパッケージもありますが、国産のパッケージ製品の多くが、原価管理機能単独で導入できるようになっています。また、原価計算機能としては、標準原価計算機能(単価、数量ともに標準)、実際原価計算機能(単価、数量ともに実際) 、実績原価計算機能(単価は標準、数量は実際)ともに保有しているパッケージ製品が多く、各々の計算結果の比較機能も標準装備されています。
    国産パッケージ製品のいくつかは、前述した限界・課題の3つすべてに対応できる機能を実装しているため、いずれかの理由により品目元帳の導入を躊躇している企業にとっては、魅力的なソリューションとなります。
    しかし、SAP ERPとパッケージ製品とのインターフェース部分に課題が潜んでいる場合がありますので、ご注意ください。
    例えば、SAP ERPおよびパッケージ製品間で、
     - インターフェースするマスタ/トランザクションのテーブル数は最低でも20種類程度ある
     - パッケージ間でマスタ/トランザクションテーブルの構造が異なる
    といった場合、異なる言語の定義書の作成を含め、インターフェースの検討/設計に、それなりの時間を要するなどの課題が潜んでいる場合があります。

まとめ

SAP ERPの製造原価管理機能は、ロジスティクス機能全般がFI(財務会計)モジュールに直結しているため、「真実性の原則」や「正規の簿記の原則」等の企業会計原則を担保でき、財務会計目的での利用には適した機能と言えます。
一方で、管理会計目的での利用には限界・課題があり、SAP ERP側でアドオンにて対応するか、SAP ERP外部で原価計算パッケージ製品(サードパーティーソリューション)を使用して対応する必要があります。

電通総研は、SAP ERP専用の原価計算ツールとして、ADISIGHT-ACSを開発しました。
ADISIGHT-ACSは、品目元帳を利用しない方式のため、短期間で容易に導入可能であり、SAP ERP外にシミュレーション環境を持つため、財務会計の制限なく、管理会計の目的に合わせた原価分析を実現します。また、ゼロからインターフェースを構築せずとも、独自のテンプレートを活用することで手間や時間をかけずにSAP ERPからデータ抽出が可能です。
以下のページに、製品コンセプトを1分で解説したアニメーション動画や詳細な製品説明動画を掲載しております。ご興味がございましたら、是非、ご覧ください。
https://erp.dentsusoken.com/solution/adisight-acs/

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本ブログは、2024年3月1日時点の情報を基に作成しています。製品・サービスに関する詳しいお問い合わせは、電通総研のWebサイトからお問い合わせください。
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