SAP S/4HANA Cloud Public Edition とは?(vol.57)

  • 公開日:2021.12.20
  • 最終更新日:2024.05.22

SAP ERP Central Component 6.0(以降、ECCという)のメインストリームサポートが終了する“2027年問題”もあり、昨今、ECCユーザの間では「現用のECCからSAP S/4HANAへ移行するには?」といった話題で持ち切りです。SAP S/4HANA移行を検討しているECCユーザの中には、SaaS型ERPパッケージであるSAP S/4HANA Cloud Public Editionの調査に乗り出しはじめた企業も少なくないのではないかと思います。

そこで本ブログでは、SAP S/4HANA Cloud Public Editionについて、そもそもの母体であるSAP S/4HANAの特徴を踏まえ、エディションによる差異やソリューションの特徴を解説します。

SAP S/4HANA Cloud を知る前に ~そもそもSAP S/4HANAとは?~

SAP S/4HANA CloudはSAP S/4HANAのSaaS型ソリューションですが、そもそもの母体であるSAP S/4HANAは、従来のECCと比較してなにが新しく変わったのでしょうか?
まずは、大きな変更点を3つ解説します。

  • 変更点①:データベースが速くなった!
    似たような名前でややこしいのですが、SAP S/4HANAは、SAP HANAデータベースという、新しいデータベースを基盤としています。SAP HANAデータベースの特徴は二つあり、一つは“インメモリーデータベースである”こと、もう一つは“カラムストアデータベースである”ことです。
    インメモリーデータベースとは、データがディスクではなくメモリーに存在することを前提としており、結果として、処理速度が非常に速くなっているデータベースです。
    一方、カラムストアデータベースとは、データをカラム=列ベースで管理する方式のデータベースであり、以前は分析処理は速くともトランザクション処理(追加/削除/更新)は遅いとされてきました。しかし、SAP HANA独自のシステムにより、分析処理とトランザクション処理をともに高速化することが実現されました。つまり、カラムストアデータベースである=処理速度が速いデータベースということです。
    SAP S/4HANAの一つ目の特徴は、簡単に言ってしまえば、“データベースが速い”ということなのです。
  • 変更点②:データ構造がシンプルになった!
    ECCは長期に渡り使用され続けてきたこともあり、データベースのテーブル構造が非常に複雑になっていました。あちこちのテーブルに色々なデータが混在し、標準の処理以外にも、アドオン処理や分析処理などの際に大きなネックになっていました。
    SAP S/4HANAでは、この複雑な“データモデルを単純化”し、データの混在を極力抑えるようになりました。有名なところでは、今まで分かれていた財務会計伝票と管理会計伝票を統一したことが挙げられます。この単純化により、一つ一つの処理速度を向上させるとともに、データ量自体も圧縮できるようになりました。
    この “シンプルになった”というのが、SAP S/4HANAの二つ目の特徴です。
  • 変更点③:ユーザインターフェース(UI)が新しくなった!
    エンドユーザにとってはこれが一番重要な変更点かもしれませんが、SAP S/4HANAは、“新しいUIとしてFioriを採用“しました。
    FioriはWebブラウザのため、ユーザは自身のWebブラウザからSAP S/4HANAを操作できるようになり、専用のアプリケーションであるSAP GUIは不要になりました。
    (と言っても、実はSAP GUIはまだ使えるのですが……)
    とにかく、三つ目の特徴は、“UIが新しくなった”ということです。

まとめると、「SAP S/4HANAは、“データベースが速く”、“データ構造がシンプルな”、“UIが新しい” ERPパッケージである」と言えます。
それでは、このSAP S/4HANAのSaaS型ソリューションであるSAP S/4HANA Cloudとは、一体どのような特徴があるのでしょうか?

SAP S/4HANA Cloud Public Edition と Private Edition の違いとは?

SAP S/4HANA Cloudは、SAPが提供するクラウド型のERP(Enterprise Resource Planning)ソリューションです。従来のオンプレミス型ERPであるSAP ERPの後継として位置づけられ、インメモリデータベースであるSAP HANAの高速処理能力と、クラウドのスケーラビリティや柔軟性を兼ね備えています。

2024年5月1日現在、SAP S/4HANA Cloud には、以下の2つのエディションが存在します。

  1. SAP S/4HANA Cloud Public Edition
  2.  SAP S/4HANA Cloud Private Edition

SAP S/4HANA Cloud Private Editionは、SAP社が用意するクラウド基盤上に、自社専用の環境を構築し、利用するモデルなのに対し、SAP S/4HANA Cloud Public Editionは、SAP社が構築した環境を、複数のユーザー企業が共同で利用するモデルとなります。

SAP S/4HANA Cloud Public Editionは、以前はMTE(Multi Tenant Edition)やES(Essential Edition)と呼ばれていました。
SAP S/4HANA Cloud Public Editionのバンドル製品は次の図を参照してください。

SAP S/4HANA Cloud Private Editionは、ほぼオンプレミスと同じ形態でSAP S/4HANA Cloudを使用できるエディションであり、後述の “SAP S/4HANA Cloud Public Editionの特徴“は合わないが、クラウドサービスを使いたいという場合は、こちらを検討するのが良いかと思います。
SAP S/4HANA Cloud Private Editionのバンドル製品は次の図を参照してください。

*RISE with SAP については、「RISE with SAP とは? ~オンプレ版との違い・メリット・移行方法をわかりやすく解説~(vol.90)」で解説しておりますので、是非ご覧ください。

SAP S/4HANA Cloud Public Edition とは? ~特徴を理解しよう~

本章では、SAP S/4HANA Cloud Public Editionの特徴を4つに絞って解説します。

特徴1:システムに業務を合わせる(Fit to Standard)

SAP S/4HANA Cloud Public Edition は、使用できる機能が“ERPコア領域”に制限されています。具体的には、SAPがベストプラクティスとして用意した標準機能群(スコープアイテム)の中からいくつかを選択し、そのスコープアイテムの通りに業務をフィットさせることが必要になります。(これを「Fit to Standard」と呼びます。)
これにより、導入企業は低コストかつ短期間でシステムを導入できるようになるのですが、逆に言うと、今までオンプレミスのSAPでやってきたようなアドオンによるシステム構築はできません。
「業務にシステムを合わせる」のではなく、「システムに業務を合わせる」という方針転換が求められます。
また、いわゆるパブリック型のSaaS形式なので、サーバの指定や占有はできませんし、データベースなどのミドルウェアも管理対象外です。オンプレミスであったようなSAP GUIも使えません。
すなわち、選択した標準機能群を、Webブラウザ=Fioriベースで操作するのが、基本的なSAP S/4HANA Cloud Public Edition の使い方であり、基盤や運用はSAP社にお任せすることになります。
なお、インターフェースなどは、「SAP Business Technology Platform(以下、SAP BTP)」という開発プラットフォーム上で構築可能です。

特徴2:独自の導入方法論(SAP Activate)

前述したFit to Standardも導入方針の一つと言えばそうなのですが、SAP S/4HANA Cloud Public Edition には他にも「SAP Activate」という独自の導入方法論が存在します。
詳細は割愛しますが、通常のウォーターフォール開発とは異なり、SAPが独自に定義した6つのフェーズに従って検討を進め、各フェーズの完了段階でQuality Gateという確認を行い、SAPに報告を提出する必要があります。その報告がSAPの承認を受けることで次のフェーズに進めます。(SAPの承認を得てフェーズを進めないと、いわゆる品質検証環境や本番環境が提供されないため、この導入方針にも従うことが必須です)
SAPの定義した通りに作業すればよいので容易な印象を受けるかもしれませんが、慣れるまでは違和感があるかもしれません。

特徴3:継続的なイノベーション

SAP S/4HANA Cloud Public Edition の環境は、利用者の意思にかかわらず、SAPが定期的に最新バージョンにアップデートしてくれます。今までのように数年単位でバージョンアップを行う必要はありません。(現段階では半年に一度のアップデートがアナウンスされています。)
「そんなに頻繁にアップデートされると、影響調査やテスト対応が大変なので実施しないでほしい」という意見もあるかと思いますが、“最新機能をすぐに使える”というSaaSの利点を享受できる機会と捉えてはいかがでしょうか。

特徴4:サブスクリプション契約によるオフバランス化

SAP S/4HANA Cloud Public Edition はサブスクリプション型ライセンスのため、オフバランス化(資産から費用化)が可能です。
ライセンスは、FUE(Full Usage Equivalent)というSAP独自のカウント方式を採用しているため、事前に詳細確認しておくことを推奨します。

ライセンスのカウント方式~SAP独自のカウント方式「FUE」とは?~

SAP S/4HANA Cloud は、ライセンスのカウント方式もオンプレミス型とは異なります。
オンプレミス版のSAP S/4HANAライセンスは、登録(ネームド)ユーザーライセンスとして、開発ユーザー/業務ユーザーごとに買い切りで利用しなければなりません。そのため、オンプレミス版ライセンスは部分解約ができず、購入時は適切なライセンス種別/数量を利用できていても、時間経過とともにライセンス種別/数量が実態にそぐわない状況が発生するケースがあります。一方、SAP S/4HANA Cloudのライセンスは、FUEというSAP社独自のカウント方式を採用しています。

FUEには、以下のメリットがあります。

  • ユーザーの実際の利用状況に基づいたライセンス料金
    ユーザーがシステムをどのように利用しているかを考慮したライセンスモデルなので、無駄なライセンス料金を支払う必要がありません。
  • 柔軟なライセンス更新
    ビジネスニーズに合わせて、ライセンス数を柔軟に拡張/縮小できます。

SAP S/4HANA や RISE with SAP への移行って、正直どうすればいいの?
~ 迷っているすべてのSAPユーザーに、
S/4HANA移行検討時にありがちな「3つの誤解」をご紹介します!! ~

まとめ ~SAP S/4HANA Cloudは結局なにがいいの?~

ここまで、SAP S/4HANA Cloudについて、前提となるSAP S/4HANAの特徴を3つ、SAP S/HANA Cloudのエディションを2つ、そしてSAP S/4HANA Cloud Public Edition の特徴を4つ、それぞれ解説しました。

 

もしかしたら、SAP S/4HANA Cloud Public Editionの特徴を読んで、制約の多さに対してネガティブな印象を持たれた方もいるかもしれません。

しかし、その制約の多さゆえに、SAP S/4HANA Cloud Public Editionは、“短期間かつ低コスト”で導入することが可能なのです。例えば、比較的標準化が可能そうな会計領域に絞ってSAP S/4HANA Cloud Public Editionを導入してしまえば、サーバ管理もバージョンアップも考慮する必要がなく、システム保守運用の大部分をSAP社が担ってくれます。そうして生まれた余力を、会社独自の強みを生かすためのシステムに注力すればよいのです。

SAP S/4HANA Cloud Public Editionは、“思い通りに変更できないシステム”ではなく、“標準に合わせてしまえば後はお任せできるシステム”だと割り切ってしまえば、非常に魅力的なサービスだと言えるでしょう。次期ERPシステムの候補として、SAP S/4HANA Cloud Public Editionも検討してみてはいかがでしょうか?

電通総研では、SAP S/4HANA Cloud Public Editionの導入や、SAP ECCからSAP S/4HANA Cloud Private Editionへの移行などをご支援しております。
SAP S/4HANA Cloud
の導入/移行をご検討の際は、是非、電通総研へお声掛けください!!
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