クリーンコアとSAP S/4HANA移行の両立はどう実現する?課題や進め方を解説(vol.127)
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SAP S/4HANAへの移行を検討する中で、「クリーンコア」という言葉を目にする機会が増えてきているのではないでしょうか。
一方で、「重要なのは分かるが、具体的に何からはじめればいいかわからない」「現実的に自社でできるのか不安」と感じている方も多いはずです。
ここでは、SAP ERPにおけるクリーンコアの基本的な考え方から、実現が難しいと言われる理由、そして SAP S/4HANA移行と両立させるための現実的なアプローチをまとめて解説します。
クリーンコアとは何か
クリーンコアとは
クリーンコアとは、アドオンやモディフィケーションを加えず、ERPパッケージシステムの標準機能を運用するという考え方です。ERPシステムの中核部分に手を加えないことで、変更に強い構造を維持することを目的としています。
SAP ERPに代表される従来のERPシステムでは、業務要件に合わせて、アドオンの追加や改修を積み重ねることが一般的でした。その結果として、アドオンが標準機能と複雑に絡み合い、どのコードがどこに影響しているのかが把握できず、修正や機能追加、バージョンアップを行うたびに膨大な影響調査が必要になるなど情報システム部門やITベンダーの負担が増大していました。またバージョンアップのたびに、大量のアドオンが正常に動くか検証や修正に多くの期間やコストがかかることから、バージョンアップを断念し古いバージョンを使い続けるといった状況も少なくありません。バージョンアップをより迅速におこなうためのアプローチの一つがクリーンコアです。
SAP社が提唱する「Keep Clean Core」
SAP社はSAP ERPのユーザーに対して、「Keep Clean Core」という方針を提唱しています。
この方針は、2018年の技術カンファレンス「SAP TechEd」にて、SAP ERPのクラウド移行を加速させるための重要な指針として打ち出されました。
2018年当時は主に「SAP Cloud Platform(現SAP BTP)などを使い、必要な部分だけを安全に拡張することで、SAP ERPのコア部分を標準に近い状態に保ち、将来のアップグレードやイノベーションを容易にする方法」として打ち出されました。
2024年以降は、SAP社はこの概念をさらに具体化し、「標準機能を維持した開発方針」に留まらず、「Business Process(ビジネスプロセス)」・「Extensibility (拡張性)」「Data (データ)」「Integration (統合)」 「Operations (運用)」の5つの柱で構成される包括的なガイドラインを示しています。
■クリーンコアの5原則
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Business Process (ビジネスプロセス) |
標準プロセスを最大限活用し、差別化が必要な部分のみ拡張 |
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Extensibility (拡張性) |
SAP社が提供するAPIやBTP(Business Technology Platform)を活用し、コアの外側で開発 |
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Data (データ) |
不要なデータをERPに持ち込まず、クリーンで一貫性のあるデータ基盤を構築 |
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Integration (統合) |
標準化されたAPIやイベント駆動型アーキテクチャを使用 |
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Operations (運用) |
ITとビジネスの連携を強化し、変化に強い運用体制を構築 |
なぜ今クリーンコアが重要であるのか (クリーンコアのメリット)
クリーンコア自体は、2010年代後半から提唱されてきましたが、近年ますます注目されています。
その背景には、SAP S/4HANAへの移行やSAP社の製品戦略の変化に加え、昨今のデータやAIといった日々進化するイノベーションへの対応が求められていることがあげられます。
- 膨大なアドオンによる S/4HANA移行コスト・期間増大への対応
クリーンコアが重要である理由の一つ目は、SAP S/4HANA移行への対応です。SAP ECC6.0のメインサポート終了の期限が迫る中、SAP S/4HANAへの移行は避けては通れません。しかし、長年積み上げてきた大量のアドオンは移行の大きな障壁となります。そのまま持ち込めばコストが膨らみ、プロジェクトの長期化を招きます。SAP S/4HANAへの移行を機にクリーンコアの思想に基づきアドオンや拡張方針を根本から見直すことで、将来にわたって維持しやすい基盤へ転換することが不可欠です。
- クラウドシフトへの対応
二つ目は、SAP社の製品戦略がクラウドへ完全にシフトしたことです。SAP Cloud ERP(SAP S/4HANA Cloud Public Edition)では、標準機能の利用を原則としており、SAP ECC時代に一般的であった、SAPシステムのコア部分に直接手を加えるアドオン開発が行えなくなりました。また、年に2回SAP社による自動バージョンアップが実施されるのも、SAP Cloud ERP(SAP S/4HANA Cloud Public Edition)の大きな特徴です。
一方、アドオン開発が可能なSAP Cloud ERP Private(SAP S/4HANA Cloud Private Edition)では、最低バージョンアップ頻度は7年に1回(※)とされていますが、SAP社の方針として最新機能は最新バージョンでのみ提供されています。そのため、これらの最新機能を利活用するためには、定期的なバージョンアップは不可欠です。アドオンで複雑化したシステム構造の場合、SAP S/4HANAへの移行同様にバージョンアップにおいても、多大なコストと期間を要し、最新技術の導入が遅れるリスクを招きます。 バージョンアップ時の影響を最小限に抑えるシステム構成、すなわちクリーンコアの実現が重要となります。
※2026年4月時点の情報 - データ活用・AIなどのイノベーションへの対応
三つ目は、急速に進化するデータ利活用やAI技術への対応です。生成AIや高度な分析技術の進化は非常に速く、従来の開発サイクルでは追いつけません。アドオンが標準機能と複雑に絡み合い、ブラックボックス化したシステムでは、外部サービスや最新AIとのスムーズな連携が困難になります。一方、クリーンコアによりSAP ERPのコアの部分を標準状態に保ち、APIベースの疎結合な構造を整えておけば、新しいサービスの提供を必要な特に素早く実現することが可能となります。この俊敏性こそが、今後のビジネスの競争力に直結します。
クリーンコアの実現により、自動アップデートやバージョンアップ対応の効率化やシステムの安定性向上につながるだけでなく、SAPシステムの最新機能を迅速に活用できるようになります。また、バージョンアップ対応などの長期的な運用コストの抑制も期待できるため、結果として運用コストの最適化と変化への対応力を両立できる点が大きなメリットといえるでしょう。
クリーンコアの実現方法
クリーンコア実現の基本方針
クリーンコア実現の前提は、「SAP ERPのコア部分には手を加えず、拡張は外部で行う」という考え方です。
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コア:標準機能を維持(Fit to Standard)
SAP社が提供する標準機能を最大限に活用し、業務プロセスをシステム標準に合わせる考え方。 -
拡張:外部で実装(Side-by-Side)
標準機能で不足する要件については、ERP本体に手を加えず、外部システムで開発・実装し、連携して利用する方式。
※ ERPのコアを維持したまま機能追加が可能 -
原則:アドオンを極力持たない
従来のようなERP内部へのアドオンは最小限に抑える
このように「コア」と「拡張」を分離することで、システムの安定性と柔軟性を両立できます。
「SAP BTP」 と 「Side-by-Side開発」
この考え方を実現する中核が「SAP BTP」です。SAP BTP(Business Technology Platform)は、アプリケーション開発やデータ連携、分析やAI活用などを行うためのクラウド基盤であり、ERPの外側で機能を構築するための共通土台です。
「Side-by-Side開発」とは、SAP ERPのコアには変更を加えず、SAP BTPなどの外部環境で機能を開発し、標準のAPI連携によってSAP ERPと統合する開発方式を指します。ワークフロー機能の追加や独自アプリケーションの作成、他システムとの連携などを外部で実装することで、ERP のコアを維持したまま柔軟な機能拡張を実現します。これにより、SAP ERPのコアは標準に近い情報を維持しながらも、バージョンアップの影響を抑えながら柔軟な機能拡張が可能となり、クリーンコアの実現につながります。
クリーンコアの実現が難しいとされる理由
このように長期的にSAP ERPを利活用するうえで、クリーンコアの実現は非常に重要です。しかし多くの企業から実現が難しいとの声が上がっています。その主な理由は三つあります。
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移行プロジェクトとの両立
SAP ECC6.0からSAP S/4HANAへの移行は、IT部門にとって大規模かつ高負荷なプロジェクトです。現場のリソースはその対応に追われ、アドオンの見直しや業務改善まで進める余力が不足しがちです。結果としてクリーンコア実現は後回しになってしまいます。 - 業務とアドオンの密結合
長年のSAP ERP運用により、現在の業務はアドオン機能を前提として構築されています。標準機能への置き換えが極めて困難になり、本来は標準機能で対応できる業務まで、アドオンに依存した状態が続いてしまいます。
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現行業務プロセスの可視化不足
多くの企業では、業務全体の把握やユーザー部門の利用実態が十分とは言えない場合が多く見られます。クリーンコアの実現には、「現行システムのどの業務がアドオンで構築されているか」「標準機能で対応できるのか」「改善の余地はどこか」を明確にすることが不可欠です。しかし、IT部門と現場部門の連携が不十分だと、業務とシステムの全体像が把握できず、方向性は理解していても実行に移せない状態に陥ります。
これら三つの要因は、有効な対策を講じることで克服できます。重要なのは、移行前から分析と企画を進め、移行後すぐに改善に着手できる体制を構築することです。
クリーンコア実現のためのアプローチ
こうした課題は、適切な対策と事前準備により十分に克服可能です。重要なのは、単に移行プロジェクトを完了させることではなく、移行前からクリーンコアの実現を見据えた戦略的な準備を進めることにあります。ここでは、クリーンコア実現に向けた具体的なアプローチと実践方法について考えていきます。
- SAP S/4HANA移行前からクリーンコアを見据えた準備を実施する
従来のSAP S/4HANA移行プロジェクトでは、ストレートコンバージョン方式により、まずS/4HANA移行を優先して完了させ、その後に業務プロセスの改善を行う方法が多く採用されています。しかし、この方法では移行プロジェクト自体にリソースが集中し、現場は差分対応やテスト対応に追われるため、業務改善の検討や企画に十分な時間を割くことができません。その結果、SAP S/4HANA移行完了後に改めて現状分析や改善検討から着手する必要があり、アドオンの見直しや業務改善の実行までに時間を要します。
クリーンコアを実現するためには、移行前からアドオンや業務プロセスを分析し、移行後の方針を検討しておくことが重要です。移行前段階で十分な準備を実施することで、移行後すぐに改善施策に着手できる体制を構築できます。 - アドオン分析による最適化
クリーンコアを実現するうえで、現行のSAP ERPに存在するアドオンの内容や利用状況を正確に把握することは欠かせません。長年の運用のなかで追加・改修されてきたアドオンには、現在も業務上不可欠なものがある一方で、「すでに利用されていないもの」、「標準機能で代替可能なもの」、「将来的な保守負荷を高めるもの」も含まれています。
そのため、まずはアドオン資産を棚卸しし、利用状況、業務重要度、技術的な複雑性、SAP S/4HANA移行時の影響度などを多面的に分析することが重要です。その際、人による調査だけでなく、アドオンの利用実績を収集・分析できるツールを活用することで、調査の効率化と判断の客観性向上が可能です。データに基づいて不要なアドオンの削減や標準機能への置き換えを検討することで、将来の刷新やクラウド活用に対応しやすいシステム基盤を整備できます。 - プロセス分析による業務最適化
クリーンコアの実現には、業務プロセスの可視化も不可欠です。現行の業務プロセスを把握し、標準化の可能性を検討したうえで、改善施策を段階的に立案していきます。これらを着実に進めることで、単なるシステム刷新にとどまらず、業務改革へとつなげることができます。
業務プロセスの可視化においては、現場担当者へのヒアリングをもとに手作業で業務フローを整理する方法もあります。しかし、大企業では部門や拠点ごとに業務の進め方が異なり、ヒアリングだけでは実態を網羅的に把握することが難しい場合があります。そのため、網羅性や効率性の観点から、プロセスマイニングを活用することが現実的です。
プロセスマイニングとは、SAP ERPや業務システムに蓄積されたイベントログを分析し、実際の業務プロセスの流れを可視化・分析する技術です。代表的なソリューションとしては「SAP Signavio」が挙げられます。プロセスマイニングを活用することで、「SAP社が提唱する標準プロセスと自社の業務プロセスとの相違」や「手戻りや例外処理の発生箇所」といった業務実態を把握できます。実際の処理データをもとに業務部門へプロセス改善の必要性を示すことで、現場の理解と協力を得やすくなり、クリーンコア推進の機運を高めることができます。
まとめ
ここまでSAP ERPにおけるクリーンコアの考え方から、その重要性、実現が難しい理由、そしてSAP S/4HANA移行と両立させるための具体的なアプローチについて紹介しました。クリーンコアは、SAP ERPの持続性と投資効果を高めるために非常に重要です。
クリーンコアは単にアドオンを削減する活動ではありません。業務プロセス、データ連携や拡張方法などのシステム構造、運用体制やルールを見直し、将来の変化に柔軟に対応できる企業基盤を整える取り組みです。
SAP ERPを長年利用してきた企業においては、積み上げてきた個別要件や部門最適の業務プロセスが存在するため、現場の理解を得ながら進めることが不可欠です。そのためには、アドオン分析やプロセスマイニングを活用し、客観的なデータに基づいて現状を可視化することが有効です。
SAP S/4HANAへの移行は、IT部門にとって大規模かつ高負荷なプロジェクトです。しかし、SAP S/4HANAへの移行を単なるERPの刷新ではなく、業務とITのあり方を見直す大きな機会と捉えてみてはいかがでしょうか。移行前からクリーンコアを見据えた準備を進め、現場とともに標準化・最適化を推進することで、移行後の業務改革、データ活用、AI活用、継続的なイノベーションなど、SAP ERPの投資効果を最大化することが出来ます。
電通総研では毎年SAPユーザーへの意識調査を実施しており、SAP Cloud ERP Privateを含むSAP S/4HANA移行に向けた準備状況や、移行・導入後の課題、今後の動向など、SAPユーザーの現状を詳細にまとめています。調査資料は以下URLからダウンロードいただけます。
SAPユーザーの“いま”と“これから”(2025)
https://erp.dentsusoken.com/download/ebook_sap-user-researchreports2025/
SAP S/4HANAへの移行やクリーンコアの実現にお悩みの場合は、ぜひ電通総研までお問い合わせください。
https://erp.dentsusoken.com/inquiry/
※本記事は、2026年6月時点の情報をもとに作成しています。



